エジソンの人物像は?発明品や名言は?子育てに失敗したエピソード!

エジソンと言うと、世界でもっとも有名な発明家ですよね。

エジソンの発明品のおかげで、今われわれは便利な暮らしができているんじゃないでしょうか。

今回、エジソンのざっくりしたプロフィールや、発明品や名言、子育てなどについて、書いていきたいと思います。

エジソンのプロフィール

トーマス・エジソン
出身地:アメリカ合衆国オハイオ州
生誕:1847年2月11日
死没:1931年10月18日
享年:84歳

発明家

 

プロフィール、何をした人、人物像?

エジソンは、アメリカのオハイオ州で7人兄弟の末っ子として生まれました。

小さい頃のエジソンは異常なほど好奇心が旺盛な子供でした。

小学校に入学するも、先生の授業内容に満足できません。

「なんで1+1は2なの?1ではないの?」
「なんでAをPと呼ばないの?」

なんでなんでなんで?

エジソンはさまざまな質問を投げかけ、先生を困らせます。

エジソンの扱いに疲れた先生は「この子のアタマは腐ってる」といい放ちました。

そして、他の子供の迷惑になるという理由で、エジソンは退学になってしまいます。

小学校を3ヶ月で辞めたエジソン少年は、家で母親から勉強を教わることとなりました。

そんな母の献身的なサポートもあり、エジソンは徐々に基礎的な学力をつけていきます。

一方で、エジソンは社会人として働き始めます。

そして、駅の売り子をしていたときに、列車に引かれそうになった少年を助けます。

彼の親がお偉いさんだったことがきっかけで、お礼に電信の技術を教わり、エンジニアとなりました。

そして、若くして多くの発明を行い、試行錯誤を繰り返します。

22歳のときに、株式相場を表示する機械を発明し、特許をとります。

株式相場表示機を売却時に得た金額は、今の日本円にしてなんと2億円ほど!

儲けたお金を資金にして、人を雇ったり、会社を大きくしながら、発明を続けます。

そして、電話や蓄音器など、当時画期的だった発明品を世に出しました。

エジソンは長生きし、84歳で亡くなりました。

人生で1300ほどの発明品を作ったということです。

 

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発明品は?

エジソンは84年の人生で約1300もの発明品を作りました。

そのなかでもだれでも知ってるであろう発明品を紹介してみます。

 

電話機

こちらは、グラハム・ベルが開発し、エジソンが実用化しました。

 

蓄音器

こちらは今の音楽プレイヤーの先駆けみたいなものですね。

 

白熱電球

エジソンがいなかったら、夜はどの家も灯りがない時代がけっこう続いていたかもしれませんね。

トースター

他の発明品が有名すぎるため、エジソンがトースターを発明したと知らない人もけっこういるかもしれません。

映写機

エジソンは映画業界にも貢献していたのですね。

 

どれも有名なものばかりですね。

 

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人物像やエピソードは?

エジソンという人物について。

発明の偉人はどんなキャラクターの持ち主だったのか気になりますよね。

その逸話をいくつか紹介してみます。

 

エジソンの結婚生活は?子育てに失敗した?

世の精工舎たち同様、エジソンにはかなり仕事に没頭するところがあったといわれています。

例えば、
「24時間体制で仕事をしていて、睡眠時間は1日3時間ほどだった」

「仕事に熱中し過ぎて妻の名前を思い出せなかったことがある」

「家にはほとんど帰らず、妻が引きこもりになってしまった」

等といったものです。

 

エジソンの日常は「仕事が忙しくてなかなか家にも帰らず、妻にも会えない日が続いた」というものでした。

エジソンはあまりにも家に帰らなかったため、妻が引きこもりになり、病気になって他界してしまったそうです。

そして、残された3人の子供は親戚に預けてしまいます。

その後、エジソンは再婚し、また追加で3人の子供をもうけました。

エジソンの子育てについて

エジソンは発明家として大きな成功をおさめましたが、一方で、仕事が多忙だったため、子育てらしい子育てはしませんでした。

そのため、あとあと手痛いしっぺ返しを食らってしまいます。

というのも、エジソンの最初の子どもが詐欺を働いてしまうのです。

エジソンの子どもは大きくなるとエジソン二世電気会社という会社を設立しました。

※エジソン・ジュニア

そして、人の心を撮影できる機械というものを売り出しますが、うまくいかなくて倒産。

その後、エジソン二世化学薬品会社を設立します。

そして、あらゆる病気を治す機械「マグノ・エレクトリック・バイタライザー」という胡散臭い商品を売りますが、詐欺ということで、社会的に大問題にました。

その結果を受けてエジソンは大激怒。

息子に対し、

「お前はもうエジソンという名字を名乗るな」

という訴訟を起こします。

そして、エジソンは勝訴しました。

そこでエジソンジュニアは代わりに条件を要求します。

「エジソンの名はもう名乗らないが、その代わりに毎月140万円の仕送りがほしい」

このバカげた要求はエジソンはなんと飲んだのです。

 

そして、毎月の多くの仕送りを得ることとなったエジソンジュニアは堕落し、

「飲んだくれになり」

「離婚をし」

「パラサイト化した」

といわれています。

毎月の仕送りの要求をエジソンが飲んだのは、仕事一辺倒で子育てをしなかったことに対する意識負い目だったと言われています。

 

エジソンの子育て失敗は、仕事で大成功するが、家族で失敗した典型例だとも言えます。

 

耳に障害があった?

エジソンは耳が遠く、そのことが原因で逆に物事に集中することができ、大きな成功をおさめたと言われています。

耳に障害ができた原因としては、駅の売り子として働いていたときに、ホームから列車に乗り遅れたため、乗務員がエジソンの両耳を掴んで、引っ張って乗せたからというのが、伝記などで伝えられています。

ただ、他にも幼少期の中耳炎の影響など、いろいろ説があるようです。

死者と交信していた?

エジソンオカルト的な考えを持っていたそうです。

晩年は、死者と交信するといった実験をしていたとのこと。

ちなみにその研究所は火事で燃えてしまいますが、それでもへこたれずに死者との交信実験を続けていたそうです。

 

エジソンジュニアの商品も、オカルト的だったので、ある意味、親子似た者同士なのかもしれませんね。

 

名言は?

エジソンには以下の名言があります。

 

・天才は1%のひらめきと99%の汗である

・何かが君の考えたとおりに運ばなかったからといって、それが役立たずだという意味にはならない

・子供に情熱を植え付けることができたらこれは生涯の財産となるであろう

 

1番目に紹介した名言はすごく有名ですよね。

3番目の名言は子育て失敗したことについてのことを述べてるのではないでしょうか。

 

ヘンリー・フォードも友だちだった!

あのヘンリー・フォードがエジソンと付き合いがあったことは有名です。

ヘンリーフォードといえば、庶民が買えるように、安価な車を大量生産し、車文化を普及させた第一人者ですよね。

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そんなフォードはもともとはエジソンの会社の社員で、エジソンに対しガソリン車の構想を打ち明けた際、エジソンに励まされたそうです。

まとめ

いかがだったでしょうか?

世界の発明王エジソンの意外な面が垣間見れたのではないでしょうか。

エジソンは、家族関係は上手くいかなかったみたいですが、総じてポジティブな考え方の持ち主だったというのがわかります。

ということで、
エジソンの人物像は?発明品や子育て失敗した?でした。

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