田畑政治のプロフィールは?出身や学歴や息子のことなど!

2020年の東京オリンピックの前の年、オリンピックを題材にした大河ドラマが始まります。

そのドラマの後半部分の主人公でもある「田畑政治」さんを調べてみました。

スポンサードリンク

東京オリンピックの立役者

実は田畑さんは、初めて日本で開催した『東京オリンピック』の立役者だということをご存知ですか?

氏名    田畑 政治(たばた まさじ)
生誕    1898年12月1日
死没    1984年8月25日(87歳)
出身    静岡県浜松市

東京帝国大学(東大)を卒業後、朝日新聞社で政治経済部長を経て常務にまでなった田畑さんは、水泳の指導者でもありました。

自身もかなりの選手でしたが、高校生のときに病を患い医師から「泳げば死ぬ」と言われてしまいやむなく選手としての道を諦めたということです。

新聞社に勤めていたときも「記事を1本も書いたことがない」と冗談を言われるほど、暇を見ては水泳指導を行っていました。

そしてそんな新聞社でのコネを使い、昭和3年アムステルダムオリンピックに日本水泳団を派遣し見事金メダルを獲得するという快挙を成し遂げます。

この成功があり、大日本体育教会の理事・日本水上競技連盟の名誉主事を歴任することとなります。そしてロサンゼルスオリンピックでは、水泳日本代表の監督にも就任されました。

戦前より日本でのオリンピック開催を呼びかけていた田畑さんは、東京オリンピックの開催のときには事務総長を就任し、日本が優位になりそうな水泳のほかバレーボールや柔道を競技に組み込み、日本選手の活躍の場を広げました。

彼がオリンピック誘致という偉業を成し遂げられたのは、もちろん彼自身の熱意の賜物といっていいと思います。しかしその影には、誰もが知るような歴史的な人物が要所要所で協力してくれていたのです。

まずアムステルダムオリンピックへの参加が可能になったのは、鳩山一郎氏の力添えがあったから。鳩山氏に気に入られていた田畑さんは、当時の大蔵大臣との間を取り持ってもらい補助金を取り付けたのです。

そして、戦後アメリカの統治下にあった日本でオリンピックが開催できたのは、なんとあのマッカーサー元帥でした。

敗戦国だった日本は国際大会から閉め出されていました。ところがマッカーサー元帥がロサンゼルスでの水泳大会への遠征を許可し、その大会で日本選手は次々に記録を塗り替えます。その姿にアメリカ人は感動し、マッカーサー元帥の働きかけもあり、IOCは日本の連盟復帰を許可してくれたんです。

なんと田畑さんが指揮した東京オリンピックでは、今では当たり前の「パラリンピックも同一都市で行う」ということを初めて行ったことでも有名です。

スポンサードリンク

親が凄ければ身内もすごい

本職でも取締役まで上り詰め、水泳指導者としてもメダリスト育成に貢献しかなりのやりてだった田畑さん。

彼には、1男2女の3人の子どもがいます。そのうちの長男和宏氏は、NHKの理事を勤めた方です。

そして従兄弟にはあの水野成夫氏がいます。水野氏は、フジテレビの創業者として初代社長を勤め、フジテレビホールディングスの基礎を築き「財界四天王」の1人とされたほどの方です。

自身も新聞社に勤めて政界とのつながりも深かった田畑さんの一族は、ひょっとしたらメディア界に強い家系なのかもしれませんね。

開催までの紆余曲折あった東京オリンピックを舞台にしたドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』は、2019年に放送予定です。

オリンピックにかける様々な人々の思いや選手の努力などが感動的に描かれています。

ぜひご覧になって、翌年の本物のオリンピックの感動をより深いものにしませんか?

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ